Cancale:ちょっと寄り道グルメ

ブログの順番が真逆になってしまいましたが…
モンサンミッシェルに到着!
まずは、本土からモンサンミッシェルを拝み♪

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何処から見ても美しい…

その後、駐車場や新しくなったビジターセンターを確認して再びドライブです!
行き先は Cancale:カンカル モンサンミッシェルから約50kmに位置する小さな漁師の村です。
毎年、約25,000トンのカキを水揚げするカキ養殖や漁業が盛んの村です。
紋章にはカキが描かれるほどのカンカルを訪れた目的はもちろん Huîtres:生ガキ♪

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この可愛くない絵がちょっと可愛い…

ルイ14世は当時、カキが食べたいと言えば、わざわざベルサイユ宮殿へカンカル産のカキをお取り寄せをしたとか。←ドイツに戻ってから知りました。なんか嬉しい♪
そんな訳で、お天気は雨。
漁港からはモンサンミッシェルが遠くに見える可愛らしい村に生ガキを食べにやって来たのです♪
食べ物のためなら疲れなんかは吹っ飛んでしまうワタシ…
さっそく、カキ小屋を探し、お好みのサイズを選び、12個を注文!

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サイズによって少しずつお値段が違うそうです。

おばちゃんにカキを開けてもらい…
海辺の階段に座りレモン汁を搾って美味しく頂きました♪

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風が吹いて寒かったけど、幸せすぎて気持ちはポカポカ。
生ガキ12個、開けてもらう手間とレモン1個、締めて 7.40ユーロ!
カキ小屋では目の前の海で獲れたカキが並んでいてとっても新鮮♪奥さん!お買い得ですよぉ~

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段はあまり顔出しをしないのですが… あまりにも嬉しくて♪ “THE I am HAPPY face”です。

生ガキを堪能した後にはお目当てのもう一軒へ…
ここに来たら、やっぱりガレットを食べないと!

そこで、BREIZH Café:ブレッツ・カフェ に行ってきました。

んー。なんか見覚えがあるような。ないような。
よくよく調べてみると… なんと、東京にも支店があるではないか!←東京って本当に色々な意味を含めて凄いなぁ。
(日本の店舗案内サイト:Le Bretagne – BREIZH Cafe)
表参道の支店なんかは職場が近かったためよく前を通ったなぁ。
どおりで見覚えがあったのね…
せっかくなら、日本にはないお店で… と、思ったのですが…
やはり、このカフェの評価が一番良かったので行くことに♪
中に入ると地元の方々や近隣の街から来たお客様が美味しそうにガレットを食べていました。

私たちもさっそく注文♪
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Artichoke Compléte (Euf miroir, Jambon, Gruyére Suisse, Artichauts de Bretagne):
たまご、ハム、チーズ、ブルターニュ産アーティチョークのガレット

柔らかいアーティチョークをたまごの黄身とチーズに絡めて頂く…
ほんのりアーティチョークの香りが広がり優しい食感がとても美味しかったです。

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Compléte au Jambon cru(Euf miroir, Jambon cru de Parme, Gruyére Suisse):
たまご焼き、パルマ産生ハム、スイスのグリュイエールチーズ のガレット

こちらはシンプルな定番メニュー…
ふんだんにのったパルマハムに思わず にやにやしてしまう^^♪
そして、名前を忘れてしまいましたが、デザートには… Image
Compote de pomme maison, Caramel beurre sale au sarrasin, Glace vanille:
りんごのコンポートを包み込んだ生地に、バニラアイスを乗せ、塩バターキャラメルのソース

絶妙なりんごの甘みと酸味にほどよい塩キャラメルの甘さがアイスクリームと共に熱々のクレープに溶け込んで行く…
ん~♪ りんご好きにはたまらないハーモニー♪

このように美味しいものをたらふく食べてモンサンミッシェルの旅が始まったのでした。


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Le Mont-Saint-Michel:はずせないグルメ&ホテル編

やっぱり気になるのはグルメでしょ!…あと、ちょっぴりホテルだよね。
ということで、旅にでたらやっぱり美味しいものを食べなくちゃ!

元旦に行った Xanten:元旦のぷらっと散歩
の行き当たりばったり過ぎるお出かけから学び、今回はちゃんと下調べをして行きました。

モンサンミッシェルと言ったら?!
はいっ!答えられるかなぁ?

そう!ふわふわオムレツ~
うんうん。これは有名ですよね!

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一番有名なのが “La Mère Poulard”:”ラ・メール・プラール:プラールおばちゃん”が石釜で焼き上げるふわっふわのオムレツ♪
お値段はなんと単品で25ユーロ!(約3,500円)
びっくりして思わず目をこすって再度確認しましたよ!
でも、確かに25ユーロ…
溶き卵を焼き上げるだけにしてはお高いような… 恐るべしブランド力!
しかーし!
こちらのオムレツは下調べをした結果、島内の色々なレストランで食べることができ、お味も昔からの伝統とうことで変わらないはず…
と、いうことでオーベルジュ・サン・ピエールのレストランで半額以下の11ユーロ(約1,500円)で頂いてきました。

お味はというと…
んー。文字通り、軽ーくてふわふわのオムレツです。
一言で言えば “普通” です…が、ふわふわ & ナイフで切れ目を入れた時のとろ〜り感は感動ものです!
特に味付けはされていないのでテーブルにあったマスタードをいっぱいつけて頂きました。
オムレツは大皿いっぱいの大きさなのですが、一人では食べきるのは少し大変かもしれませんね。
でも、当時の巡礼者やプラールおばちゃんの料理を楽しみに来た美食家たちが食べたオムレツを楽しむ感覚で頂くのも素敵♪
また、こっそり醤油やハーブなどのお好みの調味料を持参して行けばさらに美味しく頂けるかも!
次回はそうしよう!←また行くつもりです♪

それから?
塩キャラメルゥ~
当たり!

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私とキャラメルの関係はというと…
甘ったるい感じが実は苦手だったりするのです。
そして、もう一つはある時期食べ過ぎて嫌いになってしまった説もあるとかないとか。

が!しかし、ここで頂いた塩キャラメルアイスは美味しかったぁ♪
ほんのり苦味があり、塩のザラザラが程よく感じられてちょっぴり大人なお味でした。
ここで一気に私とキャラメルは両想いに♥

それから?
シードルゥ~
あ。そうだったの?(汗)
確かにカフェやレストランの看板やメニューにあった。
行ってからの発見も楽しい♪
リサーチ不足でしたが、帰りに慌てて?シードルを購入しました。
モンサンミッシェルの余韻を楽しみながら飲みます♪

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…(汗)それからぁ~?
そう!生ガキとガレットやクレープなんです♪

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朝のモンサンミッシェル散歩の後に、小さなカフェに入り朝食を頂きました。
そこで頂いたのが Biquette(Chèvre, Miel, Amandes grillées):シェーブル(ヤギのチーズ)とローステッド・アーモンドがたっぷりかかったガレットに蜂蜜を付けながら頂くの♪
フランスに帰って来たって感じを一口目が口に広がるとともに実感♪
ああぁ~ 最高に美味しい♪ 幸せすぎる♪

!臭みとクセのあるチーズが苦手な方は要注意!
ですが、 ブルーチーズと洋梨のコンビネーションのようにシェーブルと蜂蜜も抜群のコンビネーションなんです!
ちなみに、生ガキはまた別のグルメ編でご紹介しますね。←グルメ、ひっぱるね〜。ひっぱるよぉ〜(笑)

こうして素晴らしい場所で美味しいものを頂いて幸せ気分を満喫♪
おっとぉ~。〆に入るところだった。

ここで、さくっとホテル情報…
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La Mère Poulard:ラ メール プラール – 愛自転車 BROMPTON ♥ 可愛いなぁ♪

今回の宿泊先はホテル:La Mère Poulard:ラ メール プラール
ホテルの口コミ内容は普通程度でしたが、決め手はふわふわオムレツで有名だから!←ミーハーです。
このホテルに泊まればさくっとオムレツを頂けるし便利だと思ったのです。
ま、それは言うまでもなくオムレツのお値段を知る前の お・は・な・しですけどね(笑)

世界中の著名人を迎え入れたホテルの雰囲気はとても温かく、スタッフもとてもフレンドリーで好印象でした。
内装は昔からの老舗で味のある雰囲気が好きです。
モンサンミッシェルを入って一軒目と抜群で申し分なしのロケーション!

お部屋には100年以上続く伝統的なプラールおばちゃんの有名なビスケットが置いてあり、朝日とモンサンミッシェルを眺めながら美味しく頂きました。
イギリスのショートブレッドをもっと薄く、サックサクにしてフランスっぽくした感じのお味でした(笑)
パンチの効いたフレンチローストのコーヒーやミルクと一緒にあう感じ♪ ←両極端だなぁ。

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このカンカン欲しくなるよね♪
全部欲しいけど最近ハマっているパープルを連れて帰りました。

普通の箱入りを買えばいいのに…
ちゃっかりコレクションになっているカンカンを購入してかなりご満悦に帰路へと向かったのでした。

次回は寄り道グルメ編です♪

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Cancale:ちょっと寄り道グルメ

Le Mont-Saint-Michel: 修道院と大聖堂

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それではさっそく本題に!

モンサンミッシェルの長い歴史は司教オベールの夢に大天使ミカエルが現れ、“モン” = “岩山” に「聖堂を建設せよ」と告げられたことから始まりました。
当時は陸続きだった岩山はオベール司教がお告げに従い指示通りの場所に小さな聖堂を建てると、岩山は一夜にして海に囲まれ孤島になったという伝説もあるとか。
このようにして西暦708年10月16日(私の誕生日と一緒!感激!)に大天使ミカエルを奉る、ノルマンディーの海に浮かぶ要塞のようにも見えるモンサンミッシェルが誕生したのです。

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大聖堂の天辺に奉られる金色の大天使ミカエル像

966年にはノルマンディー公リチャード1世によりベネディクト会の修道院が設置されたのをきっかけに修道院は増改築を繰り返し13世紀頃に現在の形になったとされています。
11世紀に入ると岩山の頂点にロマネスク様式の大聖堂が建てられ、12世紀にはイギリスの王権が弱まると共にフランス王フィリップ・オーギュストによるノルマンディーの征服を機にゴシック様式のクロイスターと食堂を頂点に置いた3階建て2棟が寄贈されました。

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クロイスターの支柱の二段重ねは天井の重みを支えるためとはいえ、
中庭の景色に奥行き感を持たせ素晴らしい。

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穏やかな空気に包まれた回廊は瞑想の場所だったとか…
私もここで瞑想がしたいなぁ。
木造の天井アーチも素晴らしい!

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石造りの食堂の天井も木造でどこか温かみを感じる…

14世紀に英仏は百年戦争(1337年~1453年)へと突入、その際には城塞として使われ修道院は閉鎖されました。
→ なるほど!だから要塞にも見えるわけだ…

百年戦争が終結すると、モンサンミッシェルが戦乱を乗り切り、フランスを勝利に導いた大天使ミカエルへの人々の崇拝が高まり巡礼ブームに拍車がかかったとか。
フランス国内外、ヨーロッパ中からこの聖地へたくさんの人々が巡礼にやって来たそうです。

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天井の高い明るい迎賓の間はからはワイワイ声が聞こえてきそう…

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大きな迎賓の間を温める大きな暖炉!バチバチと薪が燃える音が聞こえてきそうだ…

15世紀にはロマネスク様式の内陣がゴシック・フランボワイアン様式のものに置き換えられたそうです。
また、フランス革命から第二帝政時代までは監獄として姿を変えた時期も…
→ 監獄だった面影はまり感じなかったなぁ。

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1000年から1010年の間に完成されたロマネスク様式の修道院聖堂は1421年に
崩壊してしまい、
その後現在のゴシック・フランボワイアン様式の姿に置き換えられた。

その後、16世紀から現在に渡りふたたび修道院に復して年間を通して一般公開されています。

この様な歴史を経たモンサンミッシェルに私がこうして現在訪れている。
歴史は続いているんだなぁ。

現在は本土と結ばれている防波堤道路沿いに延びる遊歩道をマイペースに景色を眺めながら歩いたり、無料シャトルバスに乗ったり、観光シーズンには有料馬車式シャトルバスで渡ることができます。
私たちはというと…
車移動の時には必ず持って行く愛自転車ブロンプトンで快適サイクリング♪
確かに快適だったけど海風が寒かったなぁ。
(※自転車に関する注意は最後に記載してあります。)

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しかし、当時は交通の便も発達しておらず大変なものだったそうです。
道中には強盗や疫病、戦争などと多くの危険が待ち受けていたりと…
やっと聖地が見えたと思っても、防波堤道路という便利な道は当然なく、最後には引き潮を待って砂浜を渡らなければなりませんでした。
少しでも渡る時期がズレてしまうと一気に押し寄せる大波に飲み込まれて命を落とすものも多かったとか。
滞在中、潮が満ち引きを見ることができましたが、安全な所から見ている分には素晴らしく美しいのですが、そこを渡ると思うと恐ろしい早さでした。
モンサンミッシェルへの巡礼の旅に出るものは遺言書をしたためたというのですから、それだけ命がけだったことが再度納得できました。

早朝と言っても日の出が8時過ぎなので、全く早朝でもないのですが…
モンサンミッシェルをじっくり眺め、島内をゆっくりお散歩してきました。
人数も少なく静かな島は現代的な雰囲気は最小限に控えられ、それこそ中世にタイムスリップしたようでした。
なんとなくですが、ハリーポーッターの世界、特にメイン通りのグランド・リューはダイヤゴンアリーに迷い込んだような気分になり妄想も膨らむ一方です(笑)

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現在の私たちは巡礼ではなく観光というカタチですが、これから100年、200年、500年後の歴史にはどのように記されるのだろう。
観光客はもしかして “当時の新種巡礼者” として記されていたりして(笑)
そして、今から1000年後の人々はもしかしたら宇宙からこのモンサンミッシェルを眺めていたりするのかなぁ?
なんて、急な狭い階段を登りきった時に見えた景色を眺めながら思い浮かべたり…

当時の巡礼者とは比べ物にもならないけど…
ここに来れて、ここの空気に包まれて、少しでもここで時間を過ごすことが出来て本当によかった。
大聖堂や修道院の中のどの空間でもどこかホッとする潮風で洗われた澄んだ空気が流れ、何時間でも座っていられそう。
目を閉じると他の観光客の声が自然とフェードアウトし、当時の方々の声や雰囲気が思い浮かぶような不思議な感覚…
心が落ち着き、どこか魂が洗われる感覚を抱き幸せな時間でした。

必ずまた何度でも訪れたい場所、モンサンミッシェル…
皆さまもぜひご自分の目で見てカラダで感じて欲しい!

☆おまけ動画☆
旅先ではずっと写真のみ撮る派でしたが…
最近、動画を撮るのにハマっています。
撮影、編集技術は全くの素人ですがよかったら見てくださいね♪
モンサンミッシェルの島内をお散歩した時の様子が見れます。
まだ行かれたことのない方は行きたくなるかも♪


※自転車走行に関する注意!
この防波堤道路を自転車で走行できる時期と時間が決められています。

走行不可能時期と時間
4月1日~9月30日:10::00~18:00
上記以外は基本的に可能ですがモンサンミッシェル島内での自転車移動は不可能です。
また、島内での駐輪も不可能です。
訪れた時期(2014年1月4日現在)では防波堤道路手前(ビジターセンター側)には駐輪スペースあり。

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Le Mont-Saint-Michel:800km 高速道路の旅

モンサンミッシェルに行こう!と、いつものように突然決定…
旅は突発的で自発性があればあるほど楽しい!…ということで。

そんなこんなで、2013年大晦日にホテルだけを予約して3日の夜中に出発!
デュッセルドルフの自宅から片道約800kmを約8時間かけて行ってきました。
陸続きのヨーロッパだからできること。
そして、このように平和で便利な旅が自家用車でできるのも、過去の歴史を乗り越えてEUというカタチを実現しているからだと思うと…ますますヨーロッパの奥深さを色々な側面から感じさせられちゃいます。

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このところ天気は、日中は雨や曇りが多いのですが、夜中はよく晴れて星空が綺麗です。
なので、雨に降られること無く快適ドライブ♪
まずはドイツ、オランダとベルギーの国境近くにある街アーヘンへとアウトバーンを吹っ飛ばし…
リエージュ、ナミュールとモンスの街を通過しながらベルギーを横切りフランス国境を越えました。
フランスではヴァランシエンヌ、アミアン、セーヌ川河口に架かるノルマンディー橋を渡り、カーンを通り抜け、目的地のモンサンミッシェルに到着!…長かった!

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ノルマンディー橋

各国の高速道路を走って気づいたこと…
夜中で景色も見られず(星空を見ながらはさすがに危ないので…)道路状況、運転マナーや車種などを独断と偏見な観察をしながらドライブしました。

ドイツ:

1)ご存知、アウトバーン!基本、無制限ですが場所によって90~120kmの制限あり。←無制限区間でもスピードカメラが設置されている…どうしてだろう。
2)高速道路には街灯が極端に少ない。いや、ほとんどない。←さすがエコ大国ってこと?
3)路面のメンテナンスが必要。
4)対向車線だろうが前に車が走っていてもハイビームを付けたまま走る。←眩しい!
5)追い越す時は半端ないスピードで車間距離ほぼなしで行う。←せっかちなのか、怖い。
6)飛ばし屋の90%以上は必ずと言っていいほど黒のア◯ディー車だ。←なぜか本当…
7)車種はさすがにドイツ車が多い。特にB◯W、フォ◯クスワーゲン。何故か最近はベ◯ツがとても少ない。
8)車の状態は平均的に車が好きで綺麗に乗っている印象。

ベルギー:

1)速度制限は100~120km
2)ベルギーに入国した途端にオレンジ色の街灯が照らされ走りやすい。
3)路面はめちゃめちゃスムーズか大きな穴が開いている状態で両極端。←穴を避けないと絶対にパンクする!
4)時間帯(夜中)によって街灯が消されている所もある。←車検制度が違うのか片目または、やたらと暗いライトで走る車をチラホラ見かける。見にくい!
5)追い越し方は東京と感覚は同じのように感じる。
6)飛ばし屋は速度制限があるからか比較的少ない。
7)車種は特に目立つパターンは見られなかったがドイツとフランス車の混合だったかな。
8)車の状態に関してはドイツほど、こだわりを感じなかった。←移動手段としての実用性なのかな?

フランス:

1)速度制限は晴れの時は130km、雨の時は110km ←スピート感知器レーダーっていちいち切り替えているのかなぁ?
2)フランスもドイツ同様、国境を越えた途端に真っ暗…←原発推進国なのに以外。
3)高速道路は有料区間が多いためか路面状態は比較的安定している。
4)街灯がないため、やはりここでもハイビームのまま走る車が多くて眩しかった。
5)追い越し方はとてもゆっくり。追い越し車線に変更してもゆったり追い越す(笑)しかも、ウィンカーを出す人がほとんど居ない。←もともと追い越し車線を走っている車は追突注意!
6)こちらも速度制限の存在からか飛ばし屋は比較的少ない。
7)車種はやはりフランス車が多い。特にプ◯ョー、ル◯ー。そして、以外にドイツ車になるとベ◯ツとオ◯ルが多い。
8)車の状態はベルギーに似た感じかな。

項目が思ったより多くなってしまいましたが、この独断と偏見の観察から国民性やキャラなどが見えてくるかも?と思ったり…
そんなことない?と思ったり…
皆さんは何か見えてきますか?

私は、各国の人々のキャラを運転やサービスエリアでの休憩を通して観察をしたり、高速道路の街灯状況を通して電力事情に関心を持つようになったりと…
夜中で景色を見ることが出来ないことで色々と考える時間になりました。
どなたかこの辺の事情について何かご存知の方はぜひ教えてください!

また、特に目についたのがフランスでのサービスエリア事情…
子供向けの本や勉強用の大きなラミネートパネルなどが多く販売されていました。
おもちゃやゲームなどはほとんど見かけず…
移動中の車中は子供たちの九九の勉強、歴代大統領の名前や歴史などの勉強時間になっているのかも…
フランス人って教育熱心なんだな、と関心しました。

あと、そう言えば交通事情に関して3国で共通していたのはトラックの運転手さんのマナーの良さ!
対向車線でお互いが見えるとハイビームを下げたり、会釈をしたりと直接顔を見て会話が出来なくても気遣いや思いやりがちゃんと伝わってきた。

世界中で紛争や戦争が起きている。
人種、言語、文化や宗教は違っても、このように面識も無いトラックの運転手さんとの一瞬の出来事だけで伝わり合えるのだから…
人間、やれば出来るんだよ!
ましてや直接顔を合わせて話し合えるのだったら暴力ではない様々な問題解決もできるはずだ!
と、そんなことを考えさせられたモンサンミッシェルまでのロングドライブでした。

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P.S. あれっ?モンサンミッシェルは?と思っている方…
たどり着くまでの道のりがあまりにも長かったため、前置きが長くなってしまいました(笑)
本題は次回アップということで!

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Paris: 歴史を巡る観光 – Part 2

パリの街を歩きヨーロッパでも有数の巨大な国際都市なのだと再確認。
Paris Gard du Nordに着いた瞬間に感じる多国籍の香り…
パリジェンヌや旅人、移民までごちゃごちゃっと混じり合う空気に触れ、自分がパリに着いたのだと実感。

駅を出ると一番最初に出くわしたのが「ロマ」集団の訳の分からない「署名活動」でした。
「子供たちのため」「サイン!サイン!」としつこくまとわりついてくるのでサインだけならと渋々同意…
するとサインが終わると「お金!」お金をくれと言い出したのです。
しつこくお金を求められたが断るとプイッと機嫌悪そうに次のターゲットに移って行きました。
近くに立っていたフランス人の男性が彼らに「この様な詐欺まがい行為を止めろ!迷惑だ!」と言っていたので…
やはりロマたちなのだと確信しました。
パリ滞在中には至る所に彼らの仲間が「活動」していましたが、警察の気配を感じるとサァーっと逃げて行く感じでした。

ドイツでも近年、ロマ=「貧困移民」の増加が懸念されているがフランスにもかなりの人数がいる。この件に関してはまた別の機会に書こうと思います。

そんなパリの一面も見たところで…
歴史を巡る観光は続きます。

ルーブル美術館 – Musée du Louvre

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ルーブル美術館と言えば誰もが耳にしたことのある世界最大級国立美術館。
こちらは、もともと12世紀にフランス王フィリップ2世が要塞として建築したルーブル城に収容されています。
宮殿から美術品収蔵、展示場所、美術アカデミーや最初のサロンが開催されたり様々な姿に変化して行きました。

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そして、1793年に美術館として正式に開館したが3年後に建物の構造上の問題があり閉館した。その間、スラム化していたパリの浮浪者などが住み着いてしまったこともあったらしい…
1801年に再度開館後、フランス皇帝ナポレオン1世が諸国から収奪した美術品により所蔵品が豊富になり一時は「ナポレオン美術館 – Musée Napoléon」と改名したこもあったとか。
そして、建物の至る所に目にする「N」という文字…

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ナポレオンの「N」なんですね…
彼の権力と影響力はすごいものだったのだと改めて実感しました。

ナポレオン1世はその後ワーテルローの戦いで敗戦しフランス皇帝位を追われた。
その際、ナポレオン軍が収奪した多くの美術品は元の持ち主に返還されたそう。
その後も所蔵品は着実に増え続け、現在では「古代エジプト美術」、「古代オリエント美術」、「古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術」、「イスラム美術」、「彫刻」、「工芸品」、「絵画」、「素描、版画」の8部門に部類され展示されている。

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再度、寒い冬に訪れ美術館内をじっくり巡ろうと思い今回は見所満載の外側のみを見学。

カルーゼル凱旋門 – Arc de Triomphe du Carrousel

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前回のParis: 歴史を巡る観光 – Part 1 でも書きましたが…

多くの方々が思い浮かべるパリの凱旋門は「エトワール凱旋門」の方だと思いますが…
実はこちらのカルーゼル凱旋門はナポレオンがローマ遠征の際に目にしたコンスタンティヌスの凱旋門に強く惹かれ、パリにも建てる事を決意し1806年から1808年にかけてナポレオンの勝利を祝するために建設された。
壁面にはナポレオン軍の活躍する場面が彫刻されており上には兵士の彫像が飾られている。当初はイタリア遠征で略奪してきたものを飾っていたが後に返却され代わりに現在の像が置かれたとか。
しかし、こちらの凱旋門は小さすぎると満足せず同年に結果的にはカルーゼル凱旋門より有名になった大きさ2倍のエトワール凱旋門を設計し30年かけて完成させた。
だが、ナポレオンが凱旋門をくぐったのは彼の棺がパリへ戻ってきた1840年に埋葬された時だったという歴史があるそうだ。

ノートルダム大聖堂 – Cathedrale Notre-Dame de Paris

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「我らの貴婦人」という意味で、イエス・キリストの母である聖母マリア様に捧げられた教会堂。
1163年に着工し1225年に完成し様々な歴史を経て1789年に始まったフランス革命により他の教会同様ノートルダム大聖堂も襲撃を受けた。その際、大聖堂に飾られていた王の彫像は破壊され埋められたとか。
その後、ファサードを装飾する彫刻や屋根の塔など多くの部分は19世紀のネオ・ゴシック調に大幅改装されたもの。
また、「レ・ミゼラブル」でも有名なヴィクトル・ユーゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」(ノートルダムのせむし男)の舞台にもなったとか。
フランスで最も来訪者が多い信仰の場であり歴史的建造物は今年で850周年を迎えました。その影響もあってか…
こちらもエッフェル塔同様、 炎天下で来場者の長蛇の列はとぐろを巻いていたので中に入るのを断念。
次回は冬の観光客も少ない時にネット予約をして再度訪れようと思う。←こればっかり(笑)
再度訪れることの出来る距離で良かったです(笑)

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歴史的建造物を巡り、時代とともに増改築を繰り返したパリの街を歩き、今のカタチまで残して来たフランス人たちの努力の歴史を少しだけ見ることができた気がしました。

今回は以上ウンチクご紹介したメジャーな場所の他にも色々なところを全行程、徒歩で廻りました。
文字通り「脚が棒」になり、ホテルのベッドのテンピュールマットレスが最高の癒しでした(笑)

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家にも導入したいかも!

Paris: 歴史を巡る観光 – Part 1

2年ぶりのフランスの旅…
小学校の頃に1年半フランスで暮らしたことがあるのですが、かなり昔のこと…
そして、ゲリニというかなり田舎での暮らし。
パリは小さいころ学校の夏休み時に親戚の家を訪れる程度…

と、いうわけで…
観光は事実上、今回が初めてとなります♪

今回滞在したのはパリ8区にあるマドレーヌ広場近くの抜群なロケーション♪
近くにはパリの2大デパート、ギャラリー・ラファイエットとプランタン、
マドレーヌ寺院、コンコルド広場等…
結果的には全てを徒歩で廻りました!

今回の旅は「歴史を巡る観光」
訪れた順に書いていこうと思います。

マドレーヌ寺院 – Église de la Madeleine
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ホテルから3分くらいのところにギリシャ神殿のような建造物が…
立派な建物の中に入ってみることに。
そこは、聖女マグダラのマリアを守護聖人とするカトリック教会だった。
建設はブルボン朝末期に開始されたがフランス革命により中断。
建設はその後、再開され1842年に完成。
ただ、ナポレオン1世の命でフランス軍戦没将兵顕彰に造営目的が変更されたとか。
この時、ナポレオンは既に失脚していたのでルイ18世によってカトリック教会に用途が変更された。
なるほど!だからどうみても「教会」には見えなかったのね。
中はこんな感じ…

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コンコルド広場 – Place de la Concorde

フランス革命時(1793年)にルイ16世やマリー・アントワネットが処刑された場所としてパリの中心部にある有名な広場…

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こちらの広場は1755年に設計され、もともとはルイ15世の騎馬像が設置されていて「ルイ15世広場」と呼ばれていた。
その後、フランス革命(1787〜1799年)の勃発により騎馬像は取り壊され、かわりにギロチン台が置かれて「革命広場」と名前が改められた。
この広場で1000人を超える貴族や王制支持者、分裂していく革命派や反革命を口にした一般の市民の命が次々と落とされたと言われています。
その後、1795年に再び名前を「コンコルド広場」(コンコルド=調和)に変わった。

現在はルイ15世の騎馬像やギロチン台は無く…
広場の中央にはオベリスクが立っている。

ルクソールオベリスク
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元々、このオベリスクはルクソール神殿の入口に対で立っていた。
残るもう1本はまだそのまま立っているとか。
そして、1833年に当時エジプトとスーダンを統治していたムハンマド・アリから贈られたと言われている。
しかし、「贈られた」という表現は正確ではないのが歴史を辿れば分かる。
1805年にトルコのスルタンによりエジプト総督に任命されたムハンマド・アリは1811年にエジプトの近代化を進めるためにマムルーク族(マムルークとは奴隷出身の軍人で構成された戦闘集団でオスマン帝国領エジプトを支配していた)を虐殺、排除した。
アリはエジプトの近代化と産業振興のため、ヨーロッパからの機械や技術を導入する必要があた。それを知っていたフランス人、イギリス人やドイツ人、自称技術者たちが彼に群がった。
その代償としてヨーロッパ人に遺跡の発掘権と持ち出しを認めざるを得なかったというのが現実だった。
そこには、現在とはカタチは違うが後進国の悲しい現実があったのだと改めて知った。

エトワール凱旋門 – Arc de triomphe de l’ÉtoileImage

こちらの凱旋門はシャルル・ド・ゴール広場に1806年にフランス軍がヨーロッパ連合軍に勝利した際の戦勝記念としてナポレオン1世の命によって着工し、軍隊の栄光を讃える建造物として建てられた。

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この広場は凱旋門を中心にシャンゼリゼ通りを含む12本の通りが放射状に延びていて「星」= étoile のように見えることから「エトワール広場 La place de l’Etoile」= 星の広場と呼ばれていた。
しかし、第二次世界大戦にてナチス・ドイツに占領されていたパリを解放したことで知られるシャルル・ド・ゴール将軍を讃えるため、1970年に「シャルル・ド・ゴール広場」と名前が変わった。

このシャルル・ド・ゴール広場に建つ凱旋門はフランス軍の戦いや勝利の象徴、革命記念日や、戦争などで亡くなった方々に敬意を表す時のセレモニー会場としても使用されている。
門の内側には戦死した兵士の名前が刻まれ…
地下には戦士たちの墓地があり記念碑と絶えず火が灯されている。

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フランスのこれまでが刻まれる凱旋門、ご存知でしたか?
実はこの「エトワール凱旋門」はナポレオン1世の2つ目の凱旋門だったことを…
(この件に関してはPart 2で取り上げますね♪)

エッフェル塔 – La tour EiffelImage

フランス革命100周年を記念して1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造された。
フランス革命100周年記念のモニュメントとして良い案がないかコンペティションが行われ…
その結果、エッフェル社社長エッフェルが提案した鉄を用いた塔が選ばれた。
鉄は当時主流だった石よりも軽く、あらかじめ作っておいたユニットを組み立てるだけで済むことから、物理的にも経済的にも合理的だとされた。
また、それ以上に何よりも19世紀を象徴する「鉄」を用いた塔は新時代のイメージにふさわしい!とこの案に飛びつき採用された。

当時は多くの人々から石造りのパリの街の景観を損なうと嫌われていたとか…
それにもかかわらず、完成後は多くの芸術家が作品に残し続けた…
当初は建築から20年後には取り壊される予定だったが、時代の流れは無線へと。
1906年にアンテナが設置され、第一次世界大戦時にはドイツの無線を傍受するなど軍事拠点としても活躍したとか。
現在ではパリの街には欠かせない存在として建つ「鉄の刺繍」エッフェル塔はパリの象徴となっている。

エッフェル塔はなんだか吸い込まれそうになる迫力!
展望台に登ろうとしている観光客の長蛇の列はとぐろを巻きながら並んでいた。
うぅ〜。今回は登るのを断念…
事前にネット予約が出来ることを後から知ったが、次回はそのネット予約をしてから行こうと思う。
また、ネット予約をしてもピーク時は2時間待つこともあるとか。
当日券で登ろうとしたらいったい何時間待たされるのだろうか!?

パリの街はとても歩きやすく…
昔からグランドデザインがしっかりしていたからかごちゃごちゃ感が少なく。
勝手な想像だけど…
当時、馬車道だった道をそのまま利用しているからなのか道も広く感じる。
植物もたくさんあり空気が澄んでいて清々しい。

また、パリの街を歩いて見た光景はただの建造物ではない。
フランス人のこれまでというか…
過去の人々が現在とこれからのために希望と願いを込めて残してくれた歴史なのだと実感しました。
現在の美しいパリには過去があるから今があり、今があるから未来がある…
現在の私は歴史上に存在しているのだと実感。
また、今とこれからを理解するためにも歴史の知識を深めようと改めて思いました。

Part 2 へ…つづく。

Paris: 高速列車タリス… 快適!

ギリギリではあったけど…
無事に電車のチケットを手に入れ出発の朝を迎えました。
中央駅から06:12発なので駅にある美味しいクロワッサン屋さんで朝食を買う時間をと20分前の到着。
こういう時に思うのがヨーロッパの街作りの素晴らしさ!
ここでは深く入るのは止めておきますが「一極集中」でない「バランス」を感じる。
デュッセルドルフの中心からは外れたところに住みながらも20分も掛からず中央駅(東京でいえば東京駅)に行くことが出来る。
ま、それはそれとして…

わくわくのタリスの旅の始まりです♪
デュッセルドルフを出発後、ケルン(独)、リエージュ(ベリギー)、ブリュッセル(ベルギー)という流れで終点パリに到着する。

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ワインレッドの電車の内装はしっとりめの赤…
ファーストクラスは無条件に「FREE WIFI」なのでビジネスマンも旅行者もそれぞれの快適ネットライフを継続できるわけです。
私もどうしても携帯やタブレットを持ち歩きネット環境に依存している…
悪いことではないけど、たまに思う…
ネット世界に鼻を突っ込んでいる間にもっと重要なコトを見逃しているのではないか…と。

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もちろんファーストクラスなので席は広々としていて快適です。
帰りは普通車(セカンド クラス)でしたが…
席は若干狭くなりますがファーストクラスを知らなければ?(笑)快適!
いやいや、何の問題もありません。
ただ、WIFIに関しては条件付きになりますのでご注意を。
(セカンド クラスはSEMI-FLEXのみ「FREE WIFI」が適応されます。)

そうこうしている間に暗かった外も日が昇り…
朝食の時間に♪
え?朝食ですか!?
さっき、駅のホームで大きいクロワッサンをもぐもぐしてしまいましたが…

そう。ここはファーストクラス!(←慣れてないのがバレバレ…笑)
CAのお兄さん…ベトナム人かなと思われる。
それぞれのお客様の言語に合わせた他言語サービスを提供。
(英語、仏語、独語、オランダ語)…すごいなぁ。
ワタシもドイツ語をもっと頑張ろう!
そして言葉というツールを使いこなせるようになりたい、
とそう思う今日この頃です。

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到着前にはコーヒー、ジュースとクロワッサンのサービスまで!
これぞ至れり尽くせりのタリス体験!
前日だと2ユーロ増でファーストクラス利用可能…
もちろん、ギリギリだと席が無いリスクもあるが悪くない。
または、早くから計画すれば同じ条件でファーストクラスに乗れることも後々調べて分かった。
な〜んだ♪ そうか。次回からはもっと早く計画して準備を進めよう♪

眠くなって来たかも…
睡眠不足なのに遠足に出かける小学生のように興奮状態のワタシ…
少し睡眠を取ろうとしたが…すぐにおめめはバッチリ(笑)
旅慣れしているはずなのに…この興奮状態はいつになっても漏れなく付いてきます状態(笑)

到着です!
行きにはうまく撮れなかった高速列車タリスはワインレッドで素敵でしょ♪
一緒に写っているアフリカの女性もなんだかいい感じにマッチしてる。(知り合いではありません…笑)
パリに来ると思う、やはりアフリカの方々が多いなというコト。
ドイツで良く見かける移民の方々はトルコ、ギリシャ、東欧からが多い。
植民地時代の影響でしょうか…

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とにかく PARIS GARE DU NORD(パリ北駅)に到着です!

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時刻は午前10時過ぎ…お天気も晴れ!
Aux Champs Elysee〜♪ Aux Champs Elysee〜♪
なんだろう。このふわふわした感じ…足取りが軽いぞぉ。
パリだからかしら…

Paris: チケット事件

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ドイツに引っ越してすでに5ヶ月以上が経った…
ヨーロッパ(EU)に住んでいるのなら色々旅がしたい!
夢が膨らむ一方…
実際は車で行ける範囲をウロウロしていたのが現状…

日本で「8月」と言えば「夏!海!花火!お祭り!」夏休みの代名詞が並びそうでしょう?
ドイツでは8月と言えばもうすぐ「秋」ですよ〜のサインらしい。
日中はまだ暑い日も続きますが、朝晩は結構涼しく…ちょっと肌寒いくらい。
先月まで日没時刻が22:30前後だったのが最近は21:00くらいから始まっている…
どんどん長い長い冬へと向かっているのだ!

そんな長い冬が来る前にちょっくら夏休みを取らねばと計画を開始…
で、どうしよう。どこに行く?
北欧?ポーランド?パリ?
車?電車?飛行機?
ニャンコは連れて行く?お留守番?
色々検討した結果…電車で近場のパリへ(笑)
MOMO(ニャンコ)はお留守番して頂くことに。

ここまで決まったら後はホテルと電車のチケットを予約すればいい。
ホテルは色々と検索して移動しやすいロケーションを選んだら後は簡単…ネットで予約するのみ。

問題は電車のチケット…
まず、どの電車で行くの?
EU圏内を比較的自由に電車の旅ができちゃうヨーローッパには色々なオプションがあります。
色々調べてみるとデュッセルドルフから便利なのは下記の電車だった。
ドイツの高速鉄道(DB – ICE)またはフランスのTGVを基本にしているタリス(Thalys)高速鉄道…

やっぱり早くて便利ということで下記のタリス高速鉄道に決定!
Duesseldorf Hbf (De) – Paris Nord (Fr) |Departure: 06:12|Arrival 09:59
Paris Nord (Fr) – Duesseldorf Hbf (De) | Departure: 17:58|Arrival 21:42

行きは3時間47分、帰りは3時間44分と早い!
しかも、直行で到着時間も午前中。一日フルにパリを堪能できるではないか!

いざ購入というところでちょっとした問題が…

『6月9日より、ドイツ鉄道 (Deutsche Bahn) のウェブサイトおよびコールセンター、またはドイツ国内の鉄道駅にあるチケットデスクでのタリスの予約ができなくなりました。』

と、こう書いてある…
ドイツに関しての購入方法は直接ケルンにあるタリスのデスクかウェブサイト。
または、各種鉄道チケット販売を行なっていう代理店のウェブサイトで購入…

と、いうことでまずタリスのウェブサイトから購入を試みたらシステムエラー…
それでは、と…
レイルヨーロッパ(RAILEUROPE – WORLD)
皆さん!ここ重要です!
RAILEUROPE – WORLD ←このワールドに要注意です!
こちらの RAILEUROPE社には日本(JP)、英国(UK)、オーストラリア(AU)などたくさん同じ名前を名乗った会社が傘下にある。
本当に紛らわしいのだ。
とにかく、購入する時に必ずチェックしてください。
http://www.raileurope-world.com

ワタシは上記のパリ行きの往復チケットをRAILEUROPE – WORLD で購入…
支払いもクレジットカードで済ませ…
その場でe-チケットが発行されメールで受け取るはずだった。
そう、…はずだった。
いくら待ってもメールが届かない。(数時間は待ちました。)
ウェブサイトの「お問い合わせフォーム」でお問い合わせしても返答なし…
翌朝に再度2回メッセージを送ったが返答なし…
こうなったら電話だ!と思い電話番号を探すがどこにも載ってない。

結構ギリギリの購入だったため…この時点で少し焦り始めるワタシ…
とりあえず、購入先ではないがタリス(ベルギー・英語対応)に電話をしてみることに。

感動!
タリスのお兄さんはとても親切に全てのシステムを検索してくれた。
「どこにもアナタの名前は載ってないよ。」
予約番号もあるのに…どうして…?
タリスのシステムに予約が入っていなければチケットの決済はされていないはずだとお兄さんは推測する。
ならば、安全のためクレジットカード会社に問い合わせて確認後電話で購入すればいいとお兄さんがオススメしてくれた。その際にかけられるドイツのタリスの電話番号も教えてくれた。
また、残席状況も調べてくれた結果…
前日購入ということで2ユーロ増でファーストクラスに乗れることを教えてくれた♪
その時…
ネットの接続スピードがとても遅く時間がかかっていたら
「高速を売り物にしている鉄道会社のネット環境がこんなに遅いんじゃイメージダウンだね(笑)」と…
確かに…
でも、こんなに親切に対応してくれたコトにワタシは感動と感謝だよ。
ネットのスピードなんて関係ないさ♪

結果、クレジットカードには何もチャージされてなかった。
ので、電話で無事ファーストクラスのチケットを購入♪

ほっ。これで安心してパリに行ける。

結局、RAILEUROPE – WORLD からは何の連絡もないまま…
後から口コミを調べてみたら結構困っている人が多いことに気づく。
(こういうコトは事前にしなさい。メジャーだからといって安心という訳ではない。ってコトを学びました。)

そして、もっと調べて行くと…
RAILEUROPE – WORLD のアウトソーシング先が…
なんど、インドのムンバイだった。
はぁ。ワタシを知っている人はワタシが大のインド好きだと知っている。
インドを愛してます!
でも、このカスタマーサービスはいかんだろぉ〜。
ま、インドだから仕方ないか。
妙に納得してしまったワタシでしたとさ…

さっ♪ 後はパリに行くだけ♪
Bon Voyage♪